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チョチョン京都代表団ドタバタ訪問記

 

 

朝鮮訪問記A いざ南へ!!

二日目のピョンヤン。。。
昨日の旅の疲れも、昨日の二日酔いも吹き飛ばしてくれる
爽快な朝でした。



これより、朝鮮最南端の板門店へ

車道の風景、、後で述べるが朝鮮では未来を見据えて
木を植える運動が盛んに行われている。
都市はもちろん田舎や農村、山岳地帯のどこでも小さく幼い木々を目にする。



板門店の前で私たちを出迎えてくれたのはこの碑



左;統一祖国を後世に渡そう
右;朝鮮は一つだ



板門店に入る前に解説を受けた。 板門店の模型
軍事境界線がどれか一目ではわからない。
それほどぐねぐねでゆがんだ線であった。
アフリカ大陸の国境や45年当時の38度線のような人為的な
直線とは違い、反文明的な武力によって引かれた線



北側の非武装地帯に張られた鉄条網…
見ているだけで触っているかのように
胸を刺されるような痛みを覚える…



53年7月に朝鮮戦争の停戦協定が結ばれたところ。
51年から米側の提案により始まった協議。当時はここが最前線であったが
53年には北側が掌握している。そのため私達が参観できたのだ。
本当に熾烈な戦いが展開されていたこと、それがどのような戦禍をもたらしたのだろうか…
この部屋はまだ朝鮮半島での戦争が終わっていないということを
告げるかのごとく、ひんやりとして殺伐としていた。



故金日成主席の直筆サインの碑。94年7月7日に
当時金泳三大統領との南北首脳会談を準備する案件に
サインしたもの。 三伏の初伏と言われる蒸し暑い日に
祖国統一のための文献を深夜まで点検されサインし、
そのまま夜を明かして7月8日の明け方に執務室で殉職された。



北側から見た板門店。 南側の軍隊や米軍の姿は無かった。
南北分断から自分たちの責任をごまかそうと板門店に米軍は現れないそうだ。
南北の軍隊ともに観光客が来るときだけ身辺警護のため出て来るそうだ。



左が北側、右が南側…
建物の中に入るやいなや奥のまで行った。これ以上はいけない
この先に故郷があるのに…



朝鮮訪問記【@目次B


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